康夫の短歌集(家族・幼子・両親)
家族
嫁ぎたる妹の誕生日の迫りしを帰国せし弟が夕餉に言いぬ
らせん柔らかき螺旋を描く味噌汁の湯気を見ており話途切れて
断酒会に入りたる父はカレンダーに飲まざりし日を丸に囲めり
母の手術の後の連絡来ぬ家に叔父と呑みつぐ酒味気なし
結婚の間近くなりし弟が車洗うを臥して見ており
弟の結婚の今日も変わりなくパソコンに向かう麻痺の身我は
まなこぜんまいにて動く玩具に声立てて笑える姪に目集まる
姪ふたりの伯父となりたる今にしてお年玉もらう我を寂しむ
家族らと線香花火の火の玉の落ちるを嘆く満たされし時
幼子
果てしなき木を小さき手に握りその嬰児は生まれ出でたり
笑うのみが表現しうるすべてにて幼なはわれの顔を見て過ぐ
車椅子の我を指さし「あれなーに」と言う幼なおりしアーケード街
まだ見えぬ黒き目見開く我が姪に伝えたきこと数多くあり
離乳食を食わずにひたすら見る姪はわがマヒを既に知りているらし
暖かく冬の陽射し入る場所占めて姪は背伸びをしつつ眠眠れる
小さき手の全ての指をひろげつつ姪は這い来ぬマヒの我の側に
大粒の涙の滴が頬つたう姪の寝顔をしばし見ていつ
わが乗れる車椅子の輪につかまりて立ちたる姪が手をのばしくる
両親
とこ扇風機に古りし寝間着をかぶせあり常臥す我を母気づかいて
新しきタイプライターに肩こりて訳なく母に当たりちらしぬ
雨降れる敬老の日を我がために父母は札所に伴いくれぬ
めしびつ飯櫃の見る間に空くを喜びて母は弟の帰りを待ちいし
麻痺我を伴い雨のしげく降るダムに車走らす職退きし父が
共にする今日のゆうげに過ぎし日のあれこれを父母は繰り返し言う
縁台に母,が置きくれしチューリップの緋の色ふかく咲ききわまれり
汝が脚の立たばと溜息つきて言う老いたる母に言葉返せず
あがな千円の指輪を自ら購いて我に見せ来し母あわれなり


