短歌集(施設に暮らす・遠きにありて)

康夫の短歌集(施設に暮らす・遠きにありて)

施設に暮らす

とほころ窓の外の枝垂れ桜の綻びて北向き部屋に陽を分けくるる

あした木漏れ日が廊下に流れ込む朝早出職員小走りに過ぐ

平成六年、身体障害者療養施設「真清水荘」に入所し

顔火照りストレッチャーに臥す我に自動ドアより心地よき風

事務室に人少なくてようやくに祝日と知る施設の昼餉

介護士に 徘徊すると告げし後回遊式の廊下を巡る

風吠える音する廊下の一角に吾はときおり息を潜める

わが撮りし水辺の写真壁に貼り猛暑の日々をやりこやり過ごしゆく

散髪に内科受診に整体に車椅子まで故障すきょうは

施設では手紙を配る係にて きょう裁判員の通知はこびぬ

自販機に缶入れ終えし青年は水槽の魚しばし見つむる

氷河期と言われし頃もドッと来て つぎつぎ辞めし施設職員

冷まさんと小皿に取りしラーメンを山盛りにする新人介護士

味薄き施設の食事メニューをも旨く食べさす介護士の腕

その人の介護法より推測し暮らしぶりなどあれこれ思う

飲み食いの行き着くところ また人の手を取ることが先に見えおり

十六年施設に住みて障害のむごたらしさがいや増してゆく

ひとに世話される身なれば今よりも衰えざるを願うのみなり

遠きにありて

つえに頼り車椅子こぎビワの実を初めてとりし遠き日を思う

電線に吹き流しの尾が絡まるを飽かず見ていき幼なかりにし

幼き日母に負われて通院し泣きながら見し五剣の山よ

幾本も大き風車が回りおり海を隔てし淡路の山に

タクシーに知事公舎へと乗せられて中卒試験を受けし遠き日

朱の色のディーゼルカーが谷川の蛇行に沿いてゆくを見下見下ろす

冬来れば陽射し入らぬ家にいて死のみ望みて過ごせし日々よ

ふるさとの火事情報のメール読む免罪符よと言い訳しつつ

ふるさとの魚のうまさを知りたるは海なき街に越して来しより

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