康夫の短歌集(縁・友・恋)
縁
寒の水を好みいし祖父は麻痺われの入学を一人勧め給いき
麻痺われの入学を拒みいし校長も職退きたりと人づてに聞く
自らの悩みを吾に告げし後カウンセラーの女性はじらい笑う
重障者わが入院を嫌うらし婦長の物言いは丁寧なれど
車椅子の乗入れを拒む支配人は「前例がない」と言うばかりなり
車椅子を初めて押すという生徒らと栗林公園に一日遊びぬ
麻痺われの短歌に励まされいしという癌に逝きし人の夫が訪ね来
てきぱきと世話してくれる介護士に何よりやる気を吾はもらいぬ
手のの空きし合間にコーヒーを飲ましくるる店員のいる店に我がおり
友
小雪舞う夜のベンチにわれを誘い歌いくれたる友若かりし
わが歌詞に付けくれし曲を聴かさんとギターに歌う友の息白し
木々の葉の光り散りゆく動物園を友は押しくれぬわが車椅子
三畳の友の下宿に泊まり居て壁伝い鳴るりんに目覚むる
たちの悪い障害者だねと友は笑い車椅子押しくれぬ雨にぬれつつ
風渡り梅雨の晴間に星の見ゆ友と来たりしビヤガーデン
車椅子のわれを電車に乗せし友は「生きて帰れ」と言いて去りたり
こけらおと小ホールの柿落しに我が歌詞を友の幾人かがうたいくれたり
三人の子両の手に引き背に負いて訪ねくれたり同級生君は
マヒ吾の口に弁当を入れくるる慣れし手付きに君ほほえみて
オリオン座瞬く夜更けを松山へ勤めに戻る友に従う
鉛筆にてパソコンのキーを押している麻痺せる吾に驚くな友よ
短波にてジャズピアノ聴く冬の夜は友誰彼の面輪浮びく
恋
たわむれにわが車椅子を押し走り笑える君に哀しみの見ゆ
車椅子を愛車のごとく駆り立てて駅に向かえり君に会わんと
秋深みアルビノーニのアダージョと君の便りとコーヒーを欲る
「心傷つけてごめんね」と書きしカードより君が用いる香水におい来
嫁ぎたる後も拘りなく訪ねくるる君をさびしむ麻痺せしわれは
ショーウィンドウのうす紫のツーピース着せたきひとを思い佇む
脳性マヒを演ずる女優は美しくしなやかに恋を成就させたり
この重荷たとえ誰かに預けても砂に沈むを見るは哀しき
もし君とふたり来世で暮らすなら汀に小屋を建ててすごさん

