康夫の短歌集(彼方・見送る・交信・電子の海)
彼方
アンケートにこたえし謝礼の図書券に「東北書店」の印押されあり
シベリアより幾日をかけて飛び来しか翼の白き斑ひかりてまだら
独り座しライブカメラを映し出す摩周湖きょうは秋深く澄む
宍道湖のほとりより届くかすかなる電波の中にわれの名を聞く
弟の勤むるマレーシアはいま雨季と朝日歌壇の歌に知りたり
音楽はポーランドより届きいてイブも変わらずパソコンの前
ブラジルは真夏のイブを迎えいんサンバをかけて麻痺の身ゆらす
モロッコの迷路の街に潜り込み流れる星を見て暮らしたし
バッハ生誕三百年の演奏を海越えて届くFMに聴く
見送る
碧く澄む空見上ぐればジェット機が成層圏へと突き進みゆく
沈む陽の鋭き光差し入りし二両の列車カーブしてゆきぬ
次々に片手をあげて追い越しゆく「和泉」ナンバーのバイクが数台
声高く女子高生の笑う声我が車椅子を追い越し行けり
小走りに鳩を食わえてゆく犬がわが車椅子を振り返りたり
茜雲縫うごとく飛ぶゴンドラよ地べた彷徨う我を見ゆるか
職員はわれに手を振り帰りゆき施設の屋根に満月のぼる
渡米して社長となりし弟のメールは閉じて食事に向かう
群青の凪ぎたる瀬戸の海をゆくフェリー見て飽かず麻痺ある吾は
交信
播磨灘を隔てし街を走りゆく自動車無線をひねもす聞きつ
麻庫われの放ち、 もし電波に応えくる海を隔てし無人の局が
無線機のONAIRの表示点りおり麻痺われの打ちし文字を届けよ
電話にてつながる遠きコンピュータより「ヨウコソ」の文字画面に出でし
揺れのなさ高度尋ねし交信に零下三十一度と告げてきたりぬ
難題のメールに答えくれたるは棒を咥えてキー押す仲間
福岡よりアクセスしているという人は上司が来ると言い通信終えぬ
パソコンを介して語り合う人にジャズ聴くという僧もおりたり
その町に行く目なからん南米のラジオ局よりエアメール届く
電子の海
一テラのハードディスクが動き出し別荘に行く心地して笑む
十一か月かかりしコンピュータのプログラムくみ終わる今タバコ喫いたし
マウスにて自画像かきぬ歪みなくアテトーゼなき顔の曲線
ウイルスに侵されおりしパソコンは設定ひとつを変えて完治す
壁紙が自動で変わるソフト入れ水辺の景色をつぎつぎ映す
アクリルの棒一本でキーを押しネットにいかだ漕ぐ心地する
標なき径を彷徨い見出せし電子の海に麻痺の身ひたす

