康夫の短歌集(静寂・水面)
静寂
鶴啼く声のかそかに聞こえくるわが居る部屋のしずまりの中
柿の葉もゆれずになりて小春日のおだやかに今日の一日暮れゆく
電柱の一本ごとにかげりゆき動くものなく冬の日暮るる
生き物の鳴く声ひとつせざる夜に目覚めてひとりの部屋を見まわす
プログラムのフラグのひとつ変えんこと思える寝屋に漁船の音す
硝子戸に蝿の当れる音のせり独り籠れる春の小部屋に
同じ箇所繰り返し弾くピアノの音聴こえて梅雨の雨降り続く
ひぐらし誕生日に訪いくれし友帰りゆき独りの部屋に鯛を聞く
幼子の泣く声聞こゆ風なぎて行く人もなき夏の夕べを
水面
さぎ行く秋の日差しに映える池の面をすれすれに飛ぶ小鷺が一羽
風止みて写実派になり草もみじ艶やかに描く池の面の絵師
池の面に急降下して魚を狩るその鳥ねらい忍び寄る鳥
蓮の葉の未だ浮かびし池の面を跳ね歩くなり家族の鳴かうから にお
冬の陽をさざ波ごとにちりばめて名もなき池は水を湛える
蓮の葉の浮かぶ水面に彫像の如く小鷺が首のばし立つ
ゆうかげ帯をなし池の面に降る夕光が春の彼岸の波を漂う
音もなく水面騒立ち風の過ぐため池におりわれ同化せん
春風の描く波紋は意表つく間合いをとりて池に広がる

